からの週末20201129(日)
まわりまわってまわりくどい極私的映画論②
▼なぜに師弟映画が好きなのか。世間的にはスポ根的なわっかりやすい師弟関係が描かれているものをソレとしていることには若干の違和感がありつつも、なぜに師弟映画が好きなのか▼理由はふたつあるように思う。ひとつは、そもそも多感な学生時代の先生に恵まれていたということ。時代的には尾崎豊が「夜の校舎窓ガラス壊してまわった」とか歌っていた頃なので学校が荒れてもいて生徒にとって先生は敵というか、嫌な先生も多かった感覚があるのだけれど、僕自身の6・3・3・1(予備校)はいい先生との出会いに恵まれていた。予備校ですら、いまでもお世話になったなぁと思える先生が2人いる。というか、心から苦手だったのは小学校6年生の時の担任ぐらいなもの▼というわけで、いい先生に恵まれてたって話ですが、まずは、高校生の頃にさかのぼる▼「和也。お前は将来なにになりたいんだ?」。放課後の渡り廊下ですれ違いざまにカゲヤマ先生にそう聞かれたのは17歳の夏だった。唐澤という苗字は生まれ育った愛知県豊川市では珍しくそれなりに濃いので、友達からも先生からも苗字で呼ばれることがふつうだったのだが、カゲヤマ先生だけは「和也」と下の名前で呼んできた。その声は低く、柔道部の顧問でガタイはアンコ型で迫力がある。簡単に言うと怖い先生だった。そんな人が突然に将来を聞いてきた。しかもちょっとは緊張している授業中ではなくヘラヘラ度マックスの放課後の渡り廊下で▼意表を突かれるとはこのことだったけれど、なぜあんな言葉がすっとでたのだろう。「言葉を使う仕事がしてみたいです」。自分が逆の立場で先生だったらこんな返事をする17歳をおもしろがる気がするけど、カゲヤマ先生は眉間にシワを寄せて僕を睨んだ▼……沈黙。……沈黙。……沈黙。僕は不良少年でもなんでもないただの体育会系の爽やかではないがまっすぐな部活少年だったので、睨み返したわけじゃなく目上の先生から視線を外すのを失礼に感じて、じっとカゲヤマ先生を見ていただけれど、ざわつく周囲。一触触発、なのか? でも、カゲヤマ先生は眉間のシワをそのままに黙り続けている。……沈黙。……沈黙。やっと口を開いたかと思うとこう言った。「むいてるな。頑張れ」▼その瞬間は安堵しすぎて、返事すらしなかった気がするけど、家に帰った頃には、じわじわとうれしさがタプタプとつま先から頭の先までを満たしていった。カゲヤマ先生は、世界史の先生で、ちょっと変わった人で「俺たち教師がお前ら生徒に教えられることなんて人生で学ぶことを100とするなら1もない」と、じゃあなんで先生なんてやってるんすかとツッコみたくなることを平気で言い切っちゃったり、突然に「論文を書け。テーマは自由だ」とおよそ世界史の授業とは思えぬことをする人だった。僕はそんなカゲヤマ先生が好きだった。だから余計にうれしさがタプタプしたのかもしれない▼「お前は八方美人だ」。思春期のはじまりの13歳の終わりに、ど直球なダメ出しの言葉を投げつけてきたのはトリヤマ先生だった。家に帰ってすぐに〝八方美人〟を国語辞典で調べた。[だれからもよくみられるように、要領よく(節操なく)人と付き合うこと]。そんなヤツ嫌だ。って僕がそうなのか。思い当たるフシが山ほどあった。瞬速で、徹底的に、心の底から自省する13歳の僕。以後の人生で、八方美人の逆に振り切りすぎて我が道をいきすぎて孤立することもあったけれど、あの言葉はいま振り返っても有難いし、よくぞ13歳にあんな切れ味鋭い言葉を投げつけてくれたものだと思う▼トリヤマ先生も声が低く、パンチパーマで薄い色のサングラスをかけて、簡単に言うまでもなく怖い先生だった。外見はほとんどヤクザだったけれど、トリヤマ先生がくれたのは強烈なダメ出しだけじゃなかった。「東京に出ろ」。以後、高校に進んでも出会う先生たちの多くからなぜかそう言われ続けたけど、一番最初に13歳でそう言ってくれたりもした。トリヤマ先生は野球部の顧問で中1のクラスの担任でもあったけど、僕が兼部している長距離継走部の活動も見てくれていたのだろう。ややスランプ気味で同級生メンバーのなかで最下位を争っている時期に校内マラソン大会があった。僕は同学年中2位だった。当然、1位という上がいるわけで悔しい。けれど、パンチパーマでサングラスのトリヤマ先生は「本番に強いな」と笑ってほめてくれた。「ずっと調子悪かったのに、本番で学年2位ってすごいよ」。あぁ、この人はちゃんと見てくれていたんだなぁとうれしかったし、なによりそういう考え方もあるんだと知れたのが大きかった。対他人ではなく対自分ということ。もちろん、いまみたいに明確に言語化できてたわけじゃないけれど、そんなようなことを、ぼんやりとでも13歳で知れたのは大きい▼先生=師匠の言葉は人生に呪文をかけてくれる。プレッシャーのかかる大きな仕事の前などに(大丈夫。俺は本番に強い……はずだ)と何度自分を鼓舞したのかわからない▼そして、なぜに師弟映画が好きなのかの理由その2は、まさかの次週へ続きます(唐澤和也)