20230707(金)
シンクロニシティ

▼人生で大切なことは全部、漫画から学んだ。とまでは言えませんが、人生でかわす雑談の素ネタのいくつかは漫画から学んできました。たとえば、シンクロニシティ。この言葉をはじめて知ったのは、傑作格闘漫画の『バキ』。東京ドームの地下に存在する闘技場のチャンピオンである高校生・範馬刃牙を主人公とする少年漫画なのですが、その第2部の冒頭がすごかった。それまではなにをどうしてもダメだったのに、ある時一斉に液晶化するようになったというグリセリンの都市伝説をシンクロニシティの伏線として説明しつつ、世界中の凶悪な死刑囚が5人一斉同時に脱獄する。そう、シンクロニシティで。アニメ版を見直してみると「一見無関係に隔絶された物質や生物、はては思想が地球規模で同時同様の変化を起こす」との言葉でシンクロニシティを説明していました。こういうドキュメントタッチの台詞も範馬刃牙シリーズはかっこいい▼ちなみに、5人の死刑囚は「敗北を知りたい」との言葉を残し、それぞれのやり方で、これがまたそれぞれ壮絶なやり方なのですが、脱獄して東京を目指します。地下闘技場最強の範馬刃牙を目指して。第2部の連載のはじまりが1999年なので、当時の僕は32歳。十二分に大人だったわけだけれども、胸を躍らせながら誌面をめくったことを覚えています▼さて、七夕前夜の昨夜のこと。最凶死刑囚の同時脱獄ばりのシンクロニシティがふつうのおっさんである我が身に起こるはずもなく、でも、プチなシンクロニシティがありました。別名、ぎっくり腰です。さすがに疲れがたまっているなぁと整体マッサージを予約したのがお昼前のこと。その時、腰はぴんぴんとしていました。なのに、昼食に出ようとフロアに置いたバッグから財布を取り出そうとかがんだ瞬間にビリリと走る激痛。これはやばいやつだ。そう直感し、フリーズ。無理して動かなかったのがよかったのか完全なるぎっくり腰にはならずに済み、さらに、このあと夕方から整体マッサージを予約しているという間のよさよ。いや、プチシンクロニシティの素晴らしさよ。いま、マッサージを終えてずいぶんと楽になった腰をさすりながらこの原稿を書いているのでした。湿布をペタリと貼ったりもしつつ▼ぎっくり腰未遂事件は痛みを伴うので微妙ですが〝ふとした偶然〟って、なんだかちょっぴりうれしいもの。いや、かなりうれしい。なにせ、スーパーのトータル金額が1111円とかでもほくそ笑むタイプですから。大学生の頃には、財布を持たずに家を出てしまったことを渋谷の街で気づき、さてどうしようと思っていたら、スクランブル交差点から高校時代の友人が偶然にもスタスタと歩いてきて「おーー!」「元気?」と。かえす刀で「1000円貸して」と。結果、無事に自宅に戻れただけでなく、旧交もあたためちゃったりなんかできたりしたのでした▼うれしくもふとした偶然。そういう現象もなんでも言語化するいまの時代には専門用語がありそうですが、僕はあの出会いの天才への敬意を込めて〝小鶴瓶る(こつるべる)〟と呼んでいます。鶴瓶さんのように大きくて素敵な偶然の出会いではないけれど、ちょっぴりうれしい小さな偶然の出会いや出来事。それが、小鶴瓶る。そういえば、先日の利尻旅でも、ちょっぴりうれしい小鶴瓶る出来事があったのでした▼PAPER LOGOSという変な雑誌、そうまとめるのは乱暴かつ一緒に誌面を作っているクライアントに失礼ではありますが、まぁ、不思議な雑誌ではあります。だって、「連載企画で利尻と礼文に行きたいんですけど?」と相談すると「いいっすね。ウニ食べてきてください!」と即答されるんですから。このご時世に。なにかと予算ありきな令和のいまに。もちろん、湯水のように予算を使っていいわけもなく、テント泊ひとり600円也で宿泊費を削減させるなどして、普通の旅企画よりもお金がかかならないようにしているのですが、でもまぁ、出版界の常識のあるプロフェッショナル編集者と話していると「どうやって作っているの?」と不思議がられる雑誌ではあります▼そんな利尻旅のこと。最近の地方では町おこし的に頑張ってる人たちがいて、利尻でも廃校をリノベしたいい感じのカフェがあったのです。さらによかったのが、置いてある本のチョイスのおもしろさ。僕が手に取ったのはその名は知りつつちゃんと作品を見たことのなかったバスキアのアートブックだったのですが、ふと視線を別の書棚に移すとこんな本が置いてあったのです。『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』。著者は渡邉格さん。なんと、PAPER LOGOSの別の旅で取材・撮影させてもらう予定である、鳥取県の名店のご主人の著書でした。奥様との共著である『菌の声を聴け』は拝読していたのですが、まさか、北海道の先っちょの利尻島の元小学校で出会えるとは。ちょっぴりうれしい小鶴瓶な偶然。同時に、こうも思いました。(あんまし、リサーチしなくてよかったぁ。有名な人だったんだなぁ)。なぜ、そんなことを思ったかというと、無知ゆえの厚かましさで「ロゴスのアウトドアグッズでピザ焼いてもらうとかありですか?」と奥様に直球でお願いしていたからでした▼さて、来週はどんな小鶴瓶な出来事が待っているのでしょうか。腰をさすりつつ、あまり構えずに(経験上、構えると小鶴瓶る出来事に出会えない)、自然体で待つとします(唐澤和也)