20220613(火)
青春ってなんだっけ①
▼近所のコンビニで白湯が売られていたことに衝撃を受けた週末です。あまりの衝撃に「売れてる?」とレジの若者店員に尋ねたところ「そーーー」とやけに長い一語が続きます。別に急いでもないし、ゆっくりと答えを待つワタクシ。このシチュエーションで「そ」の付く言葉だったら、やっぱり「そうですね」かなぁと想像していると「そーーーでもないです」と若者。「そーーーきますか!」と意表をつかれつつ、「そっか、そうでもないかぁ」「はい、そうでもないですねぇ」「買わないよねぇ、白湯は」「買わないですねぇ、自分は」とふたりで笑っちゃいましたが、でも、「そーーーでもないです」なことにちょっぴり安心したりもして。いくら多様性なこの時代でも、白湯は売ったり買ったりしなくてもよくないでしょうかと▼さて、そのコンビニを出ると大学生なのか、10人ほどの若者が集まっていて、それこそ水やらお茶やら炭酸ドリンクやらを飲みながらしゃべっていました(白湯はいなかった)。なんか飲んでなんかしゃべってるだけで楽しそうな彼ら。そんな様子を見て思い浮かんだ言葉が「せーーー」でした。このシチュエーションでせの付く言葉とは? みなさまの想像通りの単語=「青春」ってやつだったのですが、個人的には、いまのこのタイミングでなければ思い浮かばなかったであろう職業病的連想ワードでした▼というのも、かつて、似たようなことがあったからです。東京から大阪へ出張するたびに2人組を見るだけで漫才師に見えてしょうがなかった。あれは完全に職業病的連想でした。その当時、『マンスリーよしもと』という月刊誌を大阪の広報部主導で制作しており、僕はフリーランスの編集&ライターとして参加。東京でコントを演る劇団に所属していたからか、当時は漫才といえば関西だったからか、大阪のスタッフのあの話芸に対する熱のようなものを感じたのでした。時代は、M−1グランプリ開催前のこと。そんな大阪スタッフの熱のおかげで『マイク一本、一千万』という2003年のM−1に寄り添ったドキュメントな書籍企画を思いつけたりもしたのでした。そんなわけで、大阪を訪れる度に、警察官の制服を着た2人組でさえも漫才師に見えてしまう時期がありました▼さてさて、まさにいまの職業病である「青春」について。コンビニの入り口付近でたむろする若者たちに「邪魔」とかのネガティブなものではなく、すぐにその言葉が想起されたのは、いままさに「青春とアウトドア」という企画を進めているから。年に1回発行のPAPER LOGOSという雑誌での企画なのですが、そのコンセプトは「旅、人、アウトドア」。昨年号は『サンライズ、サンセット』という特集で小笠原諸島の父島と母島を旅したのですが、それはもう快心だったのでした。快心なのは単発でみると最高なのですが、じゃあ次号はどうすんのと。同じように日本のどこかを旅をしても、父島や母島をなぞってしまうというか比較してしまうというか、あまりいい予感がしない。そんな時、ふと見たNHKの番組で、旅とは別角度のスイッチが入ったのです▼その番組こそ、『あいみょんの18祭』。『あいみょんの18祭』は、ホストとなるアーティストを毎年変えて開催されていたそうで、「祭=フェス」と読むイベント的番組の主旨は、全国の18歳世代を募ってみんなで歌うというもの。あいみょん以前にはワンオクロックやラッドウィンプスといったバンド勢がその任を勤めていたとのこと▼あいみょんは初のソロアーティストでした。彼女の前年はコロナ禍によって中止。あいみょんの代でも全国の18歳世代を〝募る〟のが難しい。なぜなら、コロナ禍は続いていたから。そこで彼女は「喜怒哀楽」というテーマをもとに動画を募ります。竹細工職人の18歳世代は茶こしを作る動画を作り、体操に打ち込むも高3の大会はすべて中止。進学はしたもののいまひとつ一生懸命になれない彼女はなぜか公園の遊具のまわりを倒立歩行する。動物看護師ふたり組はコントスタイルで喜怒哀楽を表現し、人の目を見て話すことが苦手な18歳世代は懸命に動画に向かって話す▼彼ら彼女たちは、卒業式や入学式や部活動の大会やいろいろなものを奪われていた。でも、ある18歳は「私たちをかわいそうだと言わないでほしい」という。18歳がはるか昔のおっさんは号泣でした。泣くだけでなにもできないけど、友達と飲めないことを愚痴ることは今後一切しないぞと思いました。その時にふとメモした言葉が「青春とアウトドア」でした。泣くだけでなにもできないとか思ったけど、これだったらなんかできるかもしれないぞと思いつつ、次の週末に続きます(唐澤和也)