からの週末20210513(木)
一週間限定・村上春樹体験②

▼朝4時に目覚ましが鳴る。うるさい。昨夜セットしたのだから鳴るに決まっているが、うるさい、眠い、お願いもう少し。40歳をすぎた頃から昼夜逆転生活をリセットし朝型人間となったので、早起きが苦手ではないはずなのに、すっと起きられない。けっこうな回数のスヌーズ音を繰り返したのちに、もはや人としてではなく脱皮した虫のようにもぞもぞと布団から抜け出した。ぼうっとするよぉと誰に言うでもなくつぶやきつつ事務所へ向かう▼〝ゴールデンウィークの1週間だけならおもしろいかも?〟などと思いついてしまったせいで始まった、一週間限定・村上春樹体験の初日。4月29日から5月5日の一週間の出来事である。体験期間中、ドタッドタッドタッと滑稽な音色を響かせて、学芸大学から駒沢公園までを1時間走るのもキツかったが、というか、体験した1週間では1時間ぶっ通しで走ることなど無理で、30分走って30分歩いて、なんとかまぁ「毎日1時間運動」という村上春樹先輩のルーティンをクリアしたことにしたのだが、そんな肉体的しんどさよりもキツかったのが早起きだった▼朝4時は早い。漁師か!ってぐらい早い。村上先輩の書物やハルキストのまとめによると「4時か5時に起きる」「早朝に起きる」などの記述があり〝ま、一番早い4時で〟と安易に考えて実行したのだが、4時は早かった。そしてほの暗かった。だから眠い▼だがしかし、もしも村上春樹体験を自分もやってみよっかなぁと思いついてしまった方がいるのなら、4時か5時かだったら、確実に4時がおすすめだ。なぜか? 5時も試してみたからだ▼体験2日目。初日のスヌーズ音に嫌気がさして、1時間ぐらい別にいいかと5時起きに変更する。事務所に行って、5時間ほど書いて、自宅に戻ってランニング&徒歩で1時間運動。その後、村上先輩のルーティンである「午後は自由時間」に倣って『おちょやん』をまとめ見して号泣したり、阪神タイガースの4連勝にテレビの前で絶叫したり、購入したばかりのライムスターのアンプラグドライブの映像(DVD)に感無量となったりしていた。そして、思ったのです。こりゃ、楽しいと。早起きしてやることやったあとの自由時間は罪悪感が一切なく、とことん満喫できる。しかも、たった1時間の差なんだけど、ほの暗いうちから1日が始まる朝4時起きのほうが、よりいっそう〝やることやった感〟が増す。1日が2回あるみたいに感じられて、原稿書きから運動までの前半戦と、おちょやんからライムスターまでの自由時間の後半戦が、昔のグリコばりに1日で2度おいしかったのだったのだった▼さて、小説家である村上先輩は1日5時間ほどで10枚の小説を書くのがルーティンだったけれど、ライターである私は、いったいなにを書いたのか。実は、これについては即決だった。先輩のすごみは、締め切りに縛られないところだとは先週も書いたが、そのすごみから得られる効能体験をしてみたかった。つまり、締め切りに縛られずに書くってどんな気持ちなんだろう、を、感じたかったのだ。即決したのは締め切りがまだ先の「気仙沼漁師カレンダー」の原稿で、このカレンダーは月ごとに写真と文章が掲載されるデザイン。カレンダーにしては珍しいほどに、けっこうな文字量があしらわれている。カレンダーなので、1月から12月の原稿も12本。先輩が1日10枚と設定しているところを、1日2本(2ヶ月分)は必ず書くと決める。その設定だと6日間でミッションコンプリートだが、残る1日は、通常のカレンダーページとは別企画で、気仙沼のマグロ船が静岡の清水港へ水揚げする様子を取材していたので、そのルポを書くと決めた▼〝効能〟は、テキメンだった。村上先輩のルーティンは、小説でいうところの初稿にあたり、徹底的な直しは2稿以降でする。つまり、初稿では直さない。直さずにどんどんと書いていく。これを試したかった。12本の原稿とは、言い換えると12人の漁師を描くということなのだが、インタビューで盛り上がった人もいれば、正直言ってイマイチな人もいる。2016年版から関わらせてもらっているのだが、毎回、盛り上がった人はすぐに書けるけれど、イマイチだった方の筆は進まないのが常。書いては修正し、その修正も間違っているような気がして最後まで書かずに最初から書き直すという、ライターあるあるな悪循環。でも、村上春樹流は違う。盛り上がったもイマイチも関係ないじゃん、まずは書くことを楽しめばいいのに。修正なんかあとでいいじゃん。先輩はそう言ってくれているような気がした。その効能はテキメンで、ちょっと記憶にないぐらい書くことそのものが楽しかった▼処方箋、あるいは参考書がよかったのだと思う。「まずは書くことを楽しめ」と村上先輩が言ってくれているような〝気がした〟のは、完全に読者である私の感想であり意訳であるわけだが、そのように感じてもいいかもしれないと導いてくれた処方箋が、『職業としての小説家』の帯に書かれた翻訳家の柴田元幸氏の言葉だった。「(略)べつにこのとおりにやらなくてもいいんだよ、君は君のやりたいようにやるのが一番いいんだよ、と暗に示してくれることによって」▼一週間限定・村上春樹体験は、もちろん失敗の連続でもあった。久しぶりのランニングに張り切ってシューズを新調したというのに初日は雨で、仕方がないので傘をさして1時間も散歩をした。なぜか、アマゾンのタイムセールでソーラー蓄電できるバッテリーを(これぞ不要不急! 一切の必要がないのに!)購入するなど、己の集中力のなさに嫌気を感じた日もあった。マストの2人分がなかなか書けずに、結局9時間ほどかけてようやくクリアできたりもした。でも、楽しかった。ゴールデンな一週間だった▼にもかかわらず、ライフゴーズオンなのですね。この企画を思いついた時は、これでKKJSも乗り切れると思ったのに5月末までの延長が決まった。ままならないものだなぁ、人生は。とりあえず、走ってみることとします。自主的にドタッドタッドタッと(唐澤和也)