からの週末20211009(土)
スランプ・ラプソディ

▼ラプソディとは、狂詩曲と訳されるのだそう。じゃあ、狂詩曲ってなんなんのかと辞書を読んでもイメージできなかった我が身の語彙力が残念だ。まぁ、語呂がよかっただけで選んだ言葉であるラプソディはともかく、今週はスランプの話です▼全国の阪神ファンのみなさんは、いまどんな気持ちなのだろうか。昨日のヤクルト戦の敗戦で、いや、そのひとつ前の試合の敗戦のほうが大きかったかもしれない。3連勝できたはずの横浜との3戦目の敗戦と昨日のヤクルト戦との連敗で、白旗とは言わないけれどクリーム色の旗をあげてしまった私です。あきらめるのはまだ早いのか? そんなんじゃ本当のファンじゃないんじゃないのか? そんなダメ出しの内なる声が寄せては返すのだが、それほどまでに心の折れる決定的な2連敗だった▼思い返してみるに、春の開幕から交流戦、オールスターブレイクのあたりまでの阪神は、強かったなぁ。いろんな要因があったけれど、昨年と比べての最大の上積み要因は、サトテルこと佐藤輝明選手の活躍だった。プロ野球ファン以外にもその名が響いた規格外の大卒ゴールデンルーキ。なのに、である。ところが、である。前半戦だけで20本以上の本塁打を放った怪物の快進撃が、ピタリととまる。こんな悲劇をいったい誰が予想できたことだろう。59打席連続無安打記録。これは、投手をのぞく野手としてはプロ野球ワースト記録なのだそう。スランプもスランプ、大スランプだ。たぶん、私が生きているうちにはこんな大スランプの野球選手を見ることはないと思う▼60打席目にヒットを打ったとはいえ、いまはまだ大スランプのなかにある佐藤輝明の心中はいかがなものか。「そんな時代もあったね」と、中島みゆきの名曲ばりにいつの日か彼が笑って話してくれたらと思うけれど、60打席目にヒットを放ったあとの1塁ベース上での抜群の笑顔と、それを祝福するベンチの仲間たちの喜びが、逆説的に、スランプの苦しみを物語っていた気がする▼そもそも、昨年まで大学生だったルーキーにもらった勢いと勇気で9月まで首位を走ってこれたのだから、サトテルには大感謝だ。そして、来年以降の彼の糧になるであろうこの大スランプの目撃者となれたことを唇を噛みしめつつ、忘れずにおこうと思う▼ひるがえって、スランプについての名言を調べてみると、これがまぁ、あるはあるはで、そりゃそうですよね状態だった。一生ずっと絶好調な人間なんて、スポーツ選手でも、表現者でも、経営者でもいるわけがない。サトテルに届け!とありもしないことを夢想しつつ、気になった名言をピックアップしてみる。「スランプは誰でも経験することです。相撲の世界に『土俵のケガは稽古で治せ』という言葉があります。一見乱暴な言い方ですが、その裏には『ケガを恐るな』というメッセージが隠されています」(長谷川和廣)。「書けなくて、全然何も思い浮かばないときは、とりあえずひとつだけ、無茶苦茶でもいいから台詞を書いてみる。ひとつ書くと、そのレスポンスがイメージできるので、次につながっていきます。すると、もしかしてこの展開がいいかもしれないと、次のアイデアが思い浮かんできます。結局、スランプから脱出するには、プロも書くしかないと思います」(井上由美子)▼スランプの脱出法といった主旨のパンチライン2選に共通しているのは、結局、スランプに陥ったとしてもその仕事を続けることでしか、脱せられないということ。佐藤輝明のスランプに関しても、識者たちが「2軍に落とすべきではない」としたのもこのパンチラインの派生系だろう▼ところが、この論旨とは別の角度の言葉を残していたのが、水泳で数多くのメダリストを育てた平井伯昌氏の「スランプを克服するコツは、どん底まで落ちないように予防すること。ちょっと調子が出ないだけで過剰反応しないこと」。個人的にはこの言葉が一番腑に落ちた▼54歳のおっさんライターとゴールデンなスーパールーキーを同一に語るなどおこがましいが、我が人生最大のスランプは「ライターをやめたい」と思った42歳の頃だった。あの時、あそこまで落ちる前に予防できていたら……。いや、それはあまりにもたらればがすぎるが、あの時のあの鉛色の日々の嫌さ加減だけはもう二度と繰り返すまいと思えたことは以後のライター人生の糧となった。ならば、サトテルも。いまの大スランプをいいふうに考えたら、いわゆる「2年目のジンクス」がちょっと早く来てしまっただけで、来年は今年の前半以上に絶好調なのかもしれない。ちなみに、佐藤輝明の大先輩であるミスタープロ野球の長嶋茂雄は、こんな言葉を残している。「スランプなんて気の迷い」。うん、案外この言葉が一番の名言なのかもしれない(唐澤和也)