からの週末20210918(土)
HなほうのZのパンチライン
▼PUNCH LINE PRODUCTIONという屋号は、自分が好きなふたつのジャンルから影響を受けたものだったりする。笑いとヒップホップ。PUNCH LINE PRODUCTION=パンチラインプロダクションと読みます▼笑いでのパンチラインは、いわゆる「オチ」のことで、ヒップホップにおけるパンチラインは、「名言的聞かせどころ」のこと。前者の笑いではアメリカのスタンダップコメディアンの悲哀を描いた名作『パンチライン』にて、トム・ハンクスが主人公を演じたりもしている。後者は、たとえばZORNというアーティストの名曲「My LIFE」ならこんな感じ。/60ワットの栄光さ/全然金なくても成功者一本道を行こう/洗濯物干すのもHIP HOP▼なぜ僕は、笑いとヒップホップが好きなのだろう。両者に共通した魅力は「持たざる者たちのアート」ということ。芸人はおもしろいことを考えられて生身で演じられれば(競争は激しいけれど)食っていける。そりゃあ、コント番組をやるだのとなれば資本がいるだろうが、漫才なんてマイク一本あれば爆笑をかっさらえる。ヒップホップだってそう。このジャンルには、DJとMC(ラッパー)とダンサーとグラフィックアーティストが存在するけれど、ラッパーに限って言えばまったくもって漫才師と同じ。マイク一本でのしあがれるし、実際に昨年夏までオンエアされていた『フリースタイルダンジョン』というテレビ番組では、若き才能が次から次へと現れていた▼あの夏からもっと時をさかのぼって、2016年の3月頃のこと。自分たちのホームページを始めることを始めようとしていて「365Q」という企画を考えたことがあった。その内容は、1年365日毎日必ず1問質問を考えるというもの。まぁ、実際に会えるかどうかはおいておいてなので、単なる妄想インタビューということ。加えて、なぜにその質問を考えたかについての短文を寄せようと思ってもいた。そんな「365Q」で真っ先に浮かんだのがZORNだった▼はじめて「My LIFE」のリリック(歌詞のこと)を聞いた時は、まるで10代の頃のように全身があわだった。新時代到来の予感と確信。25歳の時にクラブチッタ川崎でのRHYMESTERのアクトに虜になって以来、ヒップホップにハマっていったのだけれど「洗濯物干すのもHIP HOP」と言い切れる男の登場は革命的で、圧倒的生身感とリアルがそこにあった▼そんな経緯がありつつ「365Q」でZORNに問いたかったことが「あなたにとって、お金は何番目に大切ですか?」であった。2016年当時のメモには短文もまとめていて、こんなことを書いている。<〝My LIFE〟のMVでの彼は、このリリックを口ずさむ時に生活の糧のためであろう土木現場での自分をもさらけだす。もちろん、洗濯物だって干している。いまだにヒップホップといえば、不良やギャングスタラップだけのもの、あるいは、「君はキミのままでいい」などと無責任に励ますダメなポップスを思い浮かべる人も多いと思うが、実際のシーンはもっと豊穣だ。持たざるものにしか謳えない普遍的なリリックがある。そんな歌詞を紡ぐのが、見るからに悪そうな男だったりもする。だからこそ聞いてみたい。あなたにとって、お金は何番目に大切ですか?と>▼そんな妄想Qから5年。ZORNの新作が素晴らしい。しかも、手前勝手にもほどがあるけれど、こちらの妄想Qへの回答をもらえたかのようなリリックの数々が胸に刺さる。全編にわたってイン&ヤン的哲学があるというか、得るものがあれば失うものがあって、それでもなぜラップするのかを自問自答し、その自問自答からうまれる矛盾に答えを見つけるのではなく、ラップのスキルで、つまりは理論やロジックではなくフィジカルで圧倒もする。たとえば1曲目の「LOST」ならば<手にすることはなくすことだった><これから掴むどんなもんより/最初に持ってたもんが尊い>などと内省していく。その言葉が炎だとすると、聴いているこちらをいちいち焦がしていく。なぜ、32歳という年齢で、こんなことが謳えるのだろう? アルバムタイトルは『925』。金ではなく、シルバーのなかでの最高純度のものを指す数字のことだという。必聴です。興味を持たれた方はアルバム単位で、是非(唐澤和也)