からの週末20210910(金)
その悪役は絹づれの音まで怖かった
▼というか、絹づれの音まで怖い悪役ってどういうことなんだよという話だ。評判通り、抜群だった『孤狼の血LEVEL2』に登場する上林成浩のことである。演じるのは、鈴木亮平さん。大袈裟でもなんでもなく日本映画史上屈指であろう悪役の怖さはスクリーンで体感するのに限る。シャツを身にまとう。そんな何気ないシーンの絹づれの音が、映画館の音響で聞くと、それはもう身の毛がよだつから。と同時にこう思う。絹づれの音まで怖い悪役ってどういうことなんだよと▼監督は白石和彌氏。上林と対峙する日岡秀一刑事を演じるは、前作に引き続き松坂桃李さんだ。日本映画史上屈指の悪役に対峙するのがダーティーの付くヒーロというのが本作のテイストを端的に示しているだろう。わかりやすい勧善懲悪ものなんかではなく、スポットライトをあててみたらその光の色までもが真っ黒だったみたいな、なにが正義で誰が悪かも混沌としている。だから、スクリーンで体感するのに限ると書いてはみたものの、見る人を選ぶ作品ではあると思う▼違う言い方をするのなら、『孤狼の血』におけるダーティーヒーロは「がみさん」と呼ばれていた大神章吾刑事(役所広司さん)その人だけなのかもしれない。日岡はがみさんの意思をついでダーティーだろうがヒーローになろうとする。けれど、そうありたいと願えば願うほどにそうなれないと知る。日岡の負け戦っぷりが切なくも愛おしい▼公式パンフレットの斎藤工さんの言葉によれば<『仁義なき戦い』が公開された1973年、日本中の俳優が作品に出たいと深作監督への売り込みが殺到したとのこと>と、あの邦画のレジェンドシリーズを引き合いに出しつつ、本作にどんな役柄でもいいから出たかったとたぎるような熱い思い入れを語っている。30回ほど生まれ直したとしても演技力なるものが身に付く予感は一切しない残念な我が身ではあるが、斉藤工さんの気持ちは痛いほどわかる。同じようにたぎった役者たちは、それこそ日本全土に存在したことだろう▼白石和彌監督は一度だけインタビューさせてもらったことがある。週刊SPA!のエッジな人々というインタビューページでだった。2017年のことで、プロモーションタイミングとしては『日本で一番悪い奴ら』の公開前のこと。現場での白石発言はめちゃくちゃおもしろかった記憶があるが、実際の誌面をさかのぼってみると、若松孝二監督のもとで奔走した助監督時代のことを振り返りながら「自分は凡人」と謙遜しつつ「名を残している偉大な先輩たちは、やっぱり狂っていますから」と笑っていた。でも、ご自身が謙遜されるだけで、若松監督の映画で、ある団体に呼び出された時に「まず刺されなきゃいけないのは、下っ端の俺だな」と腹を括ったことがあったとさらりと言った。その時の原稿でも、その覚悟もまた狂っていると書いたが、なによりもそのさらり感がいい感じで狂っていた▼狂っているという単語でふと思い出したパンチラインがあった。同じく週刊SPA!のインタビューで、エッジな人々ではなく、たしか巻頭の見開き2ページだったと思うが、くしくも白石和彌監督作品のプロモーションだった。『彼女がその名を知らない鳥たち』という作品で、主演である蒼井優さんへのインタビュー。蒼井さんは、監督と共演者への信頼を口にしたあとで、いわゆる仕事論とくくれるパンチラインを語ってくれた▼「ひとつだけ決めているのは、狂ったら負けだということ。この世界は常識を忘れないことのほうが難しくて、狂うには最適な場所だと思うんですね。でも、普通の役をやらせてもらう機会もあるわけで狂ったら負けなんです」と蒼井優さんは言った。狂うのはスクリーンの中だけということ。男前でかっこいい言葉だった▼さて、2017年の白石和彌監督である。世界への意識を問うと「勝負できるなら勝負したい」とこれまたさらりと口にしつつ、いまの日本ではななかなか実現しないオリジナル脚本の時代劇を構想中だと教えてくれた。しかも、スリラー。時代劇でスリラー、狂ってる。そんなのすっげぇ見てみたいに決まっているし、すっげえ出てみたいと渇望する役者も、日本中にいるに決まっている(唐澤和也)